茉莉花の花香
渡辺多恵子さんの作品である、「風光る」の二次小説です。歴史の知識に乏しく、文才もありませんが、2次小説を書きたくなりました。ちょこちょこ更新していく予定です。
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お知らせ
こんにちは、大分寒くなりましたね。

皆様お風邪を引いてないですか?

突然ですが、私、持病が再燃しまして入院しております。

連休明けには心カテのオペをする事になりました。無事に終われば良いのですが、どうなるかわかりません。

ですので、体調も思わしくないので、しばらくブログをお休みさせていただきます。

また体調が戻り次第にブログを再開したいと思っております。

皆様の温かい拍手やコメントにいつも感謝しております。本当にありがとうございます。

また、元気になってお会いしましょう。

                                              茉莉花
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悋気燦々   完
床の間には、松竹梅や鶴亀など、色鮮やかに描かれた見事な掛け軸が下げられていた。それを背に六人はしめやかに行われている祝いの儀式を神妙な面持ちで迎えていた。一人の長老が紋付き袴姿で「四海波」を謡い終わり、盃を置くと、式は終わりを迎え、宴へと場は移っていった。

宴の席には、一日では飲み果せない程の大量の酒と、豪華な祝いの料理が次々と運び込まれ、あっと言う間に所狭しと並べられた。


■ 続きを読む。 ■
悋気燦々   拾参
松本法眼宅に二人の客人が訪れていた。
 
「家の者が皆出払っているんで、茶の一つも出せなくてすまんな。質の悪い風邪にやられちまってよ。今はこうやって、やっと起き上れる様にはなったところだ」

‘がはは’と、しゃがれた声で豪快に笑う法眼を前にして、近藤と土方は持ってきた見舞いの品を‘すいっ’と差し出しながら、両手を付いて頭を下げた。

「いいえ、松本法眼、こちらのほうこそ突然の訪問に大変失礼いたしました。御病気中とは手紙にて存じておりましたが、どうしても至急にて御相談したい事がございまして・・・」

「新撰組の御頭二人のお出でだ。お前達が来たからには、そんな事だろうと思っていたよ。で、何だ?お前ら二人を動かすなんざ、どんな改まった相談なんだ?お前達でも解決できない様な、とんでもねぇ難儀な事でもおこったか?」

胡坐をかいて、顎を撫でながら‘にやにや’と笑う法眼に、近藤と土方達も顔を見合わせて苦笑いをした。

「実は、我が新撰組の一番隊組長、沖田総司に関する事なんです」

「沖田?沖田がどうした・・・奴がなにか問題でも起こしたのか?」

「はぁ・・・実は、総司が突然、嫁を取ると言い出しまして・・・それは、我々にとっても願ってもなく喜ばしい事なのですが・・・」

頭を抱え、どううまく切り出して良いのか困っている近藤に代わり、土方が口を開いた。

「実は、昨日、総司が私共の所へやって来て、改まった態度で、嫁を貰いたいと願い出てきたんです。女にも島原にも全く興味のない剣術馬鹿の彼奴が言い出した事だけに我々は非常に驚きました。どういう心境の変化なのかと問うても、ただ好いた人が出来たと、自分の傍で一生守っていきたい女子が出来たとしか言わないのです。いつから付き合っているのだとか、どこの素性の者なのかを一切口を割らないのです」

法眼は垂れた右目をぴくりと動かし、‘う~ん、セイが聞いたら泣くな・・・’と二人に聞こえないように小声で呟いた。

土方が更に続けた。

「我々も、総司の事は自分達の弟の様に大事に思っております。総司が嫁を貰いたいと言えば、もちろん賛成してやりたいのですが、奴は沖田家の長男でもあります。それ相応に見合った女子を嫁に貰って貰わなくては困ります。素性の分からない様な、明かせない様な女子では困るのです。そこで、法眼のお力をお借りしたいのです」

神妙な面持ちの土方に、法眼も真剣に頷いた。

「俺で力になれる事があれば、何でも言ってくれ」

「ありがとうございます。我々の私事なれど、御協力していただける事に感謝致します。実は御協力して頂きたい事は、人探しなんです。松本法眼であれば、医師という仕事柄、多方面にお知り合いが多い事と思います。そこで、その縁を活用していただき、総司の想い人を探して頂きたいのです」

法眼の垂れ目が光った。

「沖田の想い人を探せって、どうやって探し当てればいいんだ?ん・・・もしかして、奴が女子の名を明かしたのか?」

「はい、おっしゃる通りです。ですが、名を明かしたのですが、自分の思う所があるので、暫く待っておいてくれと言うんです。我々としては、善は急げと言いますか、総司の気が変わらないうちに早々に相手を見つけ出して、女子の素性を調べ上げたいのです。総司に見合う相手かどうか判断し、見合う相手なら、早急に縁談を進めて・・・もしそうでなければ、縁を切る様に相手に願い出たいのです」

土方が話を進めている間に、お里も法眼宅に訪れていた。法眼の招きに、お里は三人に茶を出すと、素早く退室した。

「そうか、善は急げか。まぁ、お前達の気持ちも分からんでもないが、沖田が待てというなら、少し待ってやってもいいんじゃないか?」

法眼はお里の煎れた茶を啜ったが、セイの気持ちを考えると、旨い茶も苦々しく感じ、頬を引き攣らせた。

「しかし、この機を逃したくないのです。沖田家の将来の為、繁栄の為。又、奴にいい嫁を取らせてやりたいと願う親心と思って、この気持ちを汲んで頂きたいのです」

真剣で切羽詰まった様な表情と態度で、頭を下げる近藤と土方に、法眼も折れた。

つるつるの頭を‘てんてん’と叩きながら、法眼は心の中でセイに謝りながら、深い溜息を付いた。

「分かった、分かった。協力しようじゃないか。俺が知っている限り、すべての人物を調べてやるよ。それで、その女子の名はなんていうんだ?」

「はい、女子の名は・・・」

土方から女子の名を聞いた法眼は、口に運んだばかりの茶を噴出した。




セイは動きにくい女子姿なれど、必死で戦っていた。思った通り、弱いとふんでいた左衛門は、いとも簡単にセイから喉仏を激打され、地面に倒れ、呻き声を上げた。セイの思いもよらない行動に手下達がざわめき、一瞬引いたが、たかが小娘に頭をやられた事に、怒りを露わにした。セイもピリリとした空気を感じ取り、左衛門の喉を付いた懐剣の鞘を素早く握り返した。

「道を開けなさい。開けないのであれば、力づくで開けるまでです」

「女子のくせに舐めやがって・・・」

手下の一人が叫んだ。同時に左衛門も声を絞り出した。

「こ・・小娘が・・・俺に恥をかかせやがって・・・許さん。お前ら、こいつをただで・・返すなよ。半殺しにしろ・・・」

左衛門の命令に、男の一人がセイに木刀を抜いた。だが、それより早く、セイは男の腹へ潜り込み、鞘を男の腹を打ち込んだ。すぐさま、呻いて倒れた男の背に飛び乗り、後ろで構えていた男の下方から下顎を打ち上げた。激痛で、のた打ち回る二人の男を見下ろした後、前を見据えてセイは言い放った。

「道を開けなさい!私はまだこの先すべきことがあります。邪魔をすれば、この男達の様になりますよ!」

強気で言い放ったセイだったが、額からジワリと冷や汗が滲み出ていた。激しい動きに堪えれず、まだ癒えきっていない足の傷がずくずくと痛みだした。思ったよりも深くやられていた傷は化膿し、未だ熱を持っていたのだ。そして、傷口から‘さらり’と流れ出てくる感触は、出血した事も教えていた。

‘ここは、早く片付けなければ。大丈夫・・・きっと、ここから抜け出せる。男になんかに負けない。力が弱くても、体が小さくても立派に戦えるのだ。沖田先生から学んだ技を、今こそ沖田先生の前で未だに健在だと知らしめるのだ’

セイは着物の裾をたくし上げ、懐剣を握る手に力を込めた。周りの男達もセイの只ならぬ気迫に押されかけたが、引くわけにはいかなかった。周りの町人達も見ている。ここらで権力を売りにしている自分達が、小娘なんぞにやられるのを見せる訳にはいかなかった。

「殺すなよ・・・その女子・・・半殺しだ」

「ああ、その後は宿に連れ込んで、皆で犯す。いいな?」

「そりゃいい・・・俺が先にやるぜ、へへへ」

男どもは一斉にセイに襲いかかった。

セイも初めは、小柄な体と俊敏な動きを活かして、一人、二人と木刀を交わしては懐剣を抜き、太ももや二の腕に浅く切り付けては応戦していた。しかし、素人相手とはいえ、思うよりも人数も多く、労力も半端ではなかった。太い血管をやられていたこともあり、足の出血も増してきた為、全身に冷汗としびれを感じ出していた。貧血の為、眩暈も感じ、体のぐらつきを感じたが、すぐさま体制を立て直した。その直後、長身で体格のいい男がセイの前に出てきた。

「お前ら、除け。俺がこの生意気な小娘を殺る。半殺しなんて生易しい事を言ってんじゃねぇ。俺達に楯突いたら、今生では生きていけぬ事を教えてやる」

男は、すらりと脇差を抜き、セイに向けた。

「あの世で左衛門殿に謝るんだな」

ぎらりとセイを睨み付けたあと、勢いよく切りかかった。セイは、大ぶりの刀をすらりとかわし、長身の男の背中を切り付ける筈だったのだが、血にまみれ出した右足の感覚が失われ、踏み込むことが出来ずに膝が折れ、地に倒れこんでしまった。そこをすかさず、男がセイに跨り、脇差を振り下ろした。セイは落ちてあった木刀を拾い、必死で脇差が自分に振り下ろされるのを全力で受け止め、押し返そうとした。しかし、男の力に敵うわけもなく、ぎりぎりと音を立てて刃が自分の頭に近づいてきた。

‘もうだめか?やはり、自分は非力なのか・・・やられれば、新撰組に帰る事も出来ない。沖田先生の傍にいる事ができないのであれば、もう、生きていく価値も何もない。もう、いっそこのまま死んでも?’

次々に訪れる体の不調が、セイ自身の心も追い詰めていた。

張りつめた緊張から・・・

未来が見えなくなっている真っ暗闇の不幸な自分から・・・

誰にも必要とされない、弱い自分から・・・

女子でも男でもない中途半端な自分から・・・

すべて解き放たれようか・・・

もう・・・楽になりたい・・・

沖田先生・・・

さようなら・・・

セイの手が緩み、そっと目を閉じて死を受け入れた瞬間、急に目の前が明るくなった。

「神谷さん・・・死ぬ事までは許してませんよ」

「・・・」

セイが目を開けた時、自分の目の前にいた男が消え、同時にその男の右腕も消えていた。

「ぐわぁ~!痛ぇっ!」

血を吹き出しながら、もがき苦しむ男をセイは現実味もなく眺めていた。血が引き、遠のく意識の中、総司の声が聞こえた。

「ですが、新撰組の神谷清三郎はここで死にました。貴女にはこれから新しい人生を歩んでもらいます。いいですね」

「せんせ・・・い?」

セイを庇う様に背にした総司は、荒れ狂った様に次々に襲ってくる男共を、殺さぬように瞬殺で沈ませた。最後は、左衛門には近づいては大刀を突きつけ、何かを囁き、怯えさせていた。

「せんせい・・・おきたせんせい。もう、私は戻れないのですか?新撰組にも・・・神谷清三郎にも?」

総司はセイにそっと近づき、抱き上げた。

「約束したでしょう?そして、分かったでしょう?非力な貴女は、もう男としては生きて行くことが出来ないんですよ」

セイは諦めたように、小さく頷いた。

「貴女はもう、新撰組に必要ありません。貴女を必要としているところへ行くべきです」

セイの目が潤み、涙が零れ落ちた。

「どこへ行けばいいのですか?こんな中途半端な私を必要としている人なんて、この世のどこにもいません」

総司が歩みを止めた。

「神谷さん・・・私は、誓いを破り・・・嫁を貰うことにしました」

セイの体が一瞬固まり、そして、震え出した。

「そうですか・・・それで・・・そういう訳なのですね。先生のお傍に居るべき人が出来たのですね。これからは、その人を大切にしてあげてください。沖田先生、降ろしてください。自分で歩けます・・・一人でも歩んでいけます」

セイが総司の胸を押し上げ、降りようと試みたが、総司がそれを許さなかった。

「神谷さん、いえ、富永セイさん・・・聞いてくださいますか?」

「いやです、降ろしてください、自分の足で歩みます。先生は、先生の心に決めた方と御幸せになってください」

セイの柔らかな頬に涙が伝った。

「駄目です。黙って聞きなさい」

抵抗するセイを強く抱きしめ、その唇を総司は塞いだ。

「せ・・んせ?」

セイは驚きで目を見開き、総司を見詰めた。そこには今までに見た事もない、真っ直ぐで真剣な表情の総司がいた。

「おセイさん、貴女には、これから私と共に人生を歩んで貰います」

「え・・・」

「おセイさん、私と結縁してください」

一瞬に押し寄せた、一度では受け入れられない熱く燃えるような激情に、セイの不調をきたした体は耐えきれえず限界を迎え、等々意識を失った。

そんなセイの頬にもう一度、総司は愛おしそうに唇を落とした。そして、セイが落ちぬ様に強く抱き上げ、法眼宅目掛けて風の様に走り出した。






体力がないので、裏突入は無いと思われます。申し訳ありません。お話が中々進まず、すみませんでした。次回は完です。


悋気燦々   拾弐
セイは、通い慣れた道を一人で歩いていた。いつもであれば、気が重くなる道のりではないのだが、今日は普段と違っていた。背中に鉛の塊でも背負っているようで、足取りも重く感じた。この道を、もう後一町も下れば、指示のあった一軒目の店に辿り着くだろう。その店の名は鶴松屋といって、多種な材質で、色取り取りの紙や和紙などを取り扱っている、法眼行きつけの店であった。毎日の様に幾人もの患者に薬を処方している法眼は、どうしても大量の薬包が必要となってくる。その為、保存に最適で、上質な上に安価である品を扱っているこの店を贔屓にしていたのである。その為、数日に一度は注文の品を定期的に取りに伺うことになっていた。いつもであれば、南部が取りに伺うのだが、現在は診察や往診なので多忙な南部に代わって、セイが店まで取りに行く役を引き受けていた。

鶴松屋の前まで辿り着いたセイは店の暖簾をくぐる前に、重い溜息をそっと吐き出した。

つい半刻前・・・セイは総司からある試練を言い渡されていた。

総司から告げられてた試練・・・それは、総司から指定された道を歩き、指定された店を回り、何事の難も払いのけ、出発点である鍵膳の前まで辿り着くこと。

何事もなければ、なんら問題もなく済ませられる指示なのだが、今のセイにとってはそうではなかった。なぜならば、総司から指示された道筋や店々は今までにセイが女子姿で被害に合ってきたところばかりであった。

セイは一呼吸吐き、両の拳と目をぎゅっと、瞑った。

‘沖田先生は、知っていらっしゃるのだ。だから、今日は自分がどれだけ無防備で非力で情けない弱い人間であるかを思い知らせたいのであろう。そして、それを確実なものと自分の目で確かめた後に私に徐隊を突きつけるおつもりなのだろう。嫌だ・・・嫌だ・・・絶対に新撰組を止めたくない。今まで積み上げてきた努力がすべて水の泡となってしまう。そして、それだけではなく、沖田先生と別れなくてはいけなくなるだろう。命尽きるまで沖田先生と共に生きて行くと誓ったのに・・・沖田先生の盾となれるようにいつでもお傍にいると誓ったのに。沖田先生が好きだから、この先も沖田先生のお傍に居たい。離れない、離れたくない・・・そうだ、私は新撰組に残るのだ。この賭けに負けるわけにはいかない’

セイは、こくんと苦い唾を飲み込み、鶴松屋の暖簾をくぐった。

店の中には、あちらこちらに錦模様や、祝い事にでも使うのであろう、鶴亀や松竹梅の模様の和紙が天井から吊るされていた。中には、金箔を施して作られた高価な掛け軸も数点飾られていた。初めて店に来たときは、あまりの美しさに暫し見とれて、あちこちに視線を泳がせていたセイだったが、今日はそれにも目を配る事はなかった。入ってきた直後から自分に突き刺さる様に送られてくる厭らしい視線を受け、早くも冷や汗が出ていた。

その視線は、店の主人である角谷正一郎から向けられいた。

「いらっしゃいませ、松本法眼のお使いの方。今日はお出でになる日だと思い、お待ちしておりました。ささ、こちらへどうぞ。いつものお品が出来上がっております」

セイは正一郎を暫し遠目で見詰めていた。正一郎の手口は分かっていた。品を受け取ろうとしたり金を渡す時に、セイの袖口から素早く自分の手を忍び込ませ、手や腕を擦ったり握ったり這わせたりしてくるのだ。その行為は日ごとに酷くなってきていた。不快極まる、この上ない行為なのだが、下手に騒いで法眼の顔を潰しては迷惑を掛けてしまうといつも耐えていた。正一郎の方も、セイの事を法眼宅に雇われている下女と思い込んでいるらしく、騒ぎも起こさぬであろうと踏んでいたのである。

「ありがとうございます、角谷様。いつもの通り、二朱でよろしいですね。この袋に丁度入れてありますので、どうぞお確かめください」

セイは、金の入った袋を素早く台の上に置き、スッと後ろへ身を引いた。その瞬間、正一郎の目が不快そうに歪んだ。

「すんませんなぁ・・・実は、今日は頼まれただけの薬包が用意出来へんかったんですわ。なんで三十文ほどお安うなります。お釣りを渡しますから、もっと近くへどうぞ・・・」

「釣りは、その台の上に置いてくださいませ」

「・・・へえ、分かりやした。ほな、どうぞ・・・」

セイがお釣りと薬包の入った袋を取ろうと手を伸ばした瞬間、正一郎の目が光った。待ったましたと言わんばかりに、セイの右手をがしりと掴み、素早くセイを引き寄せ、腰に手を回そうとしてきた。いつもであれば、正一郎に易々と引き寄せられ、‘わしといい加減に付き合うてくれへんか?下女には一生掛けても出来へんような、金に困らんようないい生活をさせたるし、仰山、気持ちの良い事もしてあげるしなぁ’と詰め寄られ、口説かれるところだが、今日はそう簡単に事を運ばせる訳にもいかなかった。

セイは、正一郎に掴まれた右の手を素早く返し、同時に正一郎の左手を捻り上げてやった。

「あうっ!?いたたたっ!」

行き成りの激痛に真っ赤な顔で悶絶する正一郎にセイは言い放った。

「今まで我慢していましたが、いい加減に止めてください。次もこの様なことがあれば、これだけではすみませんよ」

セイはそう言い放ち、薬包だけを手にして、店を飛び出した。半町程走ったセイは、ゆっくりと歩きだし、息を整えた。

‘沖田先生が見てる。非力な自分を見せる訳にはいかない’

そう呟いた瞬間、後ろから冷やりとした空気を感じた。今のは失態になるのか?どきどきとセイの心の臓が動いたが、今は突き進み敷かないのだ。与えられて試練を最後までやり通さなければならない。

「道すがら後ろを振り向いてはいけません。私を見たり、振り向いたら、その時点で試験は御終いです。もちろん、その時点で除隊決定とさせていただきます」総司はセイにそう告げていた。

後ろを振り向きたい衝動を抑えながら、指示通り、三件目の店を出た。その頃から、徐々にセイの顔色も曇ってきた。隊の時とは違う緊張感がセイ自信を徐々に押し潰し出し始めていた。同時に不安も押し寄せてきて、ジワリと涙も溢れ出していた。

「私は、私なりに頑張って来たのに、なぜこんな事になってしまったのか。試されている自分に、そして自分を試している沖田先生に怒りさえも込み上げてくる。近頃では、他の隊士に比べ、体力や力の面でも劣ってきているのは分かっていた。巡察中の不手際も自分の油断が招いたことで、集中力や洞察力も欠けていたと思う。こんな自分が新撰組に居ても、ただの足手纏いとなるだけなのだろうか。沖田先生のおっしゃる通りに、この試練を乗り越えられない程の非力な自分は新撰組から出ていくべきなのか・・・」

いつの間にか拭っても溢れてくる涙と不安で、セイの視界が曇っていた。
そのせいで、目の前にいた人物に気付かずに、ぶつかってしまった。セイは急いで涙をぬぐい、‘すみません’と詫びたが、体制を崩しかけたセイは、その人物から腕を乱暴に掴まれた。

「!?」

「おう、おセイさんじゃないか・・大丈夫か?と言いたいところだが、今日は俺の方が重傷みたいや。今のぶつかられた衝撃で、俺の右腕が折れたみたいや。あ~痛いなぁ。おセイさん、すまないが、すぐそこの俺の宿で介抱してくれへんか?」

‘しまった’と、セイはすぐに苦い表情を浮かべた。十日前にこの左衛門に目を付けられてからというもの、この通りを使うことを止めていたのだ。左衛門は、この通りの大宿の二男坊で、近所でも放蕩息子と有名であった。左衛門は財力と権力と力で気に入った女子を無理やり宿に連れ込んでは我が物にするという悪行を積んでいた。その後も犯罪の様な行為も、金と権力を使っては、後腐れなく示談にするという卑怯な手を使う為、町の物からも疎まれていた。

「申し訳ありませんでした・・・左衛門様、今日の夕刻にでも知り合いの医師に診察を受けさせますので、どうぞ、この場はご勘弁くださいませ」

左衛門に掴まれた腕を振りほどいたセイだったが、またしてもすぐに左衛門にがっちりと腕を掴まれた。

「おっと待ちな!逃げるんかい?後でじゃ困るんだよ。痛くてたまんねぇんだよ。今すぐ介抱してくれなきゃ困るんや」

「嫌がる女子に無体を強いるおつもりですか?」

セイは掴まれて‘ぎりり’と腕の痛みを耐えながら、左衛門を睨み付けた。

「大声を出して助けを呼ぶんか?まぁ、それは無駄やと思うわ。周りを見て見な。町民は皆、見て見ぬふりしとるやろ?俺に逆らいたくない奴らばかりなんや。俺の子分も仰山おるからな、女子一人がここから逃げるのは至難の業やで。堪忍して、早うこっちに来いや!」

セイは冷静に周りを見渡した。多分、左衛門は口は達者だが腕は立ちそうにない。周りの手下もそれほど強い者はいないだろう。目立つであろうが、ここは本気を出して戦うべきだと判断した。こんな奴らに自分の将来を邪魔されてなるものかと‘ぎりり’とセイは歯を食いしばり、久しぶりに湧き上がってくる緊張感と闘争心に身を投じて行った。







 一昨日、仲の良い職場の方とレイトショウの映画を見て来ました。大好きな幕末の映画でしたが、かっこ良すぎて、素敵すぎて、しびれてしまいました。やっぱり日本人は着物が似合いますよね。大刀も似合います。《日本男子は終始、和服着用の事≫なんて法律ができないかな・・・


悋気燦々   拾壱
「どうしたんですか?神谷さん、遠慮しないで召し上がりなさい」

使い込まれた欅の台の上には、鍵善の葛きりが乗せられた皿が二つ置かれていた。しかし、どちらにも一口も手が付けられておらず、出されたそのままの状態で放置されていた。

二人で法眼宅を出てからも、鍵善の店に入った時から一言も言葉を発せずに俯いていたセイに、総司が痺れを切らせてもう一度言葉をかけた。

「神谷さん、お久しぶりですね。とても元気そうで安心しました。貴女が隊へ戻れぬ間は、法眼からの隊への数回に亘る手紙で、大体の諸事情は聞いています。貴女の傷が癒えた事も、貴女が未だに隊へ帰れぬ訳もね。ただ、神谷さんが女子姿で過ごしている事は知りませんでしたけどね」

総司は無骨な長い指をするりと湯呑に手を伸ばし、すっかり冷めてしまった茶をこくりと飲み込んだ。

セイも、なぜ総司の前でこんなに緊張するのか分からないながらも、場の空気で総司の機嫌が悪いことを感じ取ってた。

‘きっと沖田先生が怒ってらっしゃるのは、敵に易々とやられ、傷を負ってしまった弱い自分に呆れているのだ。その上、事情があるとはいえ、傷が癒えた今も隊務に戻らずに、だらだらと法眼宅で過ごしていたからだろう。しかも女子の姿で、女子の様な仕事をして、外見さえも女々しくなった私に気分を害してらっしゃるのだ’

セイもこくりと一唾飲み込み、ずさりと一歩後ずさって、畳の上に両の手を付きながら頭を下げた。

「沖田先生、大変申し訳ありませんでした。直属の上司である先生には私から現状の報告をすべきでしたのに、報告を怠った上に、多大なご心配とご迷惑をお掛け致しました。今はこんな形をしておりますが、法眼の許可が出次第に姿も改め、隊へ復帰させていただきます。今後は敵に傷を負わされるような無様な真似は二度と起さぬ様に全身全霊で精進致しますので、どうぞお許しくださいませ」

暫くは、我が目の前の畳の目を食い入る様に見つめていたセイだったが‘かたり’と物音がした為、そろりと顔を上げた。見上げると、総司が葛きりを一皿平らげていた。そして、その皿を台の上に静かに戻した総司は‘じぃっ’とセイを見詰めた。その見詰めた先は、セイの艶りと光る櫛に向けられていた。総司はセイに気付かれぬように、不快そうにゆっくりと目を細めた。

「あの・・沖田・・・先生?」

「神谷さんは、やはり女子なのですね。その着物も、その櫛も、とても貴方に似合っていますよ。かなり良い品ですね。失礼ですが、貴女のお給金では自分で買うことは無理でしょう?何方から頂いたんですか?」

「はい・・・松本法眼から頂きました」

「へぇ・・・法眼からねぇ。とても素敵ですよ」

総司が目元だけ笑みを浮かべた。

「女子姿で、何か困った事はありませんでしたか?いつもの男物の着物に比べれば動きにくくて、不自由な筈です。家の中なら未だしも、町中では尚更でしょう。その上、男の姿でも目を引く貴女ですから、女子姿なら殊更目立つ事でしょう。質の悪い輩に目を付けられませんでしたか?例えば・・・町中で襲われかけたとか、どこかへ連れて行かれそうになったりとか?」

「!?」

すべて見透かされているのかと‘どきり’と心の臓が跳ねたセイだったが、まさか気付かれては居ない筈だと、気を強く持ち、‘きりり’と身を引き締めた。

「ま、まさか!そんな事はございません。御覧の通りのこの様な見目ですし、町中では声さえも掛けられません。ましては、襲われるなど・・・沖田先生はどうしてその様な事をお考えになられたんですか?」

セイが隠そうとしている動揺を見逃す総司ではない。総司の目元からゆっくりと笑みが消えた。

「嘘はいけませんよ、神谷さん」

「嘘・・・ではありません」

‘すいっ’と泳ぐように目を逸らしたセイに、総司は凍るような冷たい視線を送った。そして、細く息を吸い込むと、強い口調で言い放った。

「神谷さん、隊を出なさい。貴女にはもう限界が来ています。女子が男でいられる筈がありません。腕力の面でも劣っていますし、体力や身体能力、他にも判断力や戦闘力も本当の男には敵っていません。このまま新撰組に残っても、国のお役に立つことは儘ならず、非力な貴女は真摯に誠を突き進もうとする皆の足手纏いとなるだけでしょう。それに、体も華奢な貴女が背伸びをして武士を演じても見苦しいだけです」

突然の総司の除隊発言に、セイの体が一瞬固まり、小さく震えた。

「嫌です!沖田先生、嫌です!どうして今更そんな事をおっしゃるんですか?私はすでに女として生きる道を捨てました!命が尽きるまで、男とて、武士として生きていくと誓いました。それは、沖田先生もご存じの筈です!」

取り乱したセイの振動を受けた湯呑が倒れ、ぱたぱたと零れ落ちた茶が畳にシミを作っていった。同時にセイの涙も溢れ出し、ぱたぱたと落ちては畳に吸い込まれていった。そんな姿を総司は冷静に見詰めていた。

「女子を捨てた割には女々しいですね。その形で力説されても、全く説得力に欠けますね」

「・・・おきたせんせい?」

久しく会えたばかりの、大好きで尊敬する総司からの突然の身も心も凍る様な言葉と態度に、セイはどうしていいか分からずに戸惑った。

「私のどこが到らなかったんでしょうか・・・弱いからですか?女々しいからですか?報告を怠ったからですか?それとも・・・」

「私に嘘を付いたでしょう」

セイはぴくりと肩を揺らした。

「嘘・・・ですか?」

視線を外す事を許さぬ総司の目をセイは見据えていた。

「私が貴女の嘘に気付いていないとでも思いましたか?間抜けな上司だと随分と馬鹿にされたものですね・・・まぁいいでしょう。これから私は神谷さんに試練を与えます。もしそれを何事もなく事を済ませられれば、貴女の嘘も無かった事にして、新撰組への帰隊も許しましょう」

「本当ですか!沖田先生?新撰組へ、隊へ戻れるのであれば、何でもします!何でも出来ます!何でもおっしゃって下さい!」

大きく輝き、希望に見開いたセイの瞳は総司から出された難題に、すぐさま細く閉ざされた。


‘あぁ・・・沖田先生は、自分に起きた災事をすべて知っておられるのだ’

総司の凍えるような視線は、セイの体を突き抜け心に刺さり、未だに癒えきっていない足の傷も‘ずくん’と疼かせた。






 お久しぶりの更新です。終わりは見えかけているのですが、なかなか進展せずに申し訳ありません。やっと地獄の様だった夏休みが終わりました。9月から新学期が始まったのですが、その後もちょっと大変でした。なんと、完了したと思っていた下の子の宿題がすべて終わってなかったのです。算数と漢字が25ページと貯金箱まで・・・。帰宅後暫くは、親はもちろんの事、祖母達も巻き込み、夏休みの宿題+学校の宿題+貯金箱作りで四苦八苦でした。なので私は、夏休みの疲れが全く癒えず、未だにぐったりしています。早く体力を復活させて、夏休みは全くできなかった二次作りや、風友のブログ周りを堪能したいです。拍手のお礼もせねばならぬ所を全く出来ておらず、本当に申し訳ありません。皆様の嬉しいコメントにはいつも感謝しております。今後ものろのろ更新ですが、何事も両立させながら頑張っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。




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